道のり23 待望のTシャツ

予定通り、私は職場に復帰した。

それは新入社員が出社する前日で、およそ二か月ぶりの社会復帰となった。

顔の真っ赤な斑点は、跡形なくキレイに消えた。

アトピーはその症状が顔に出るか否かで、何もかもが大きく違ってくる。

この時、私のアトピーはそうと言わなければ判らない程度まで外見は回復しており、このストレスのない状態がさらにプラスに働いた。

肘、膝の関節、背中、腹部と、この時期は一週間ごとに炎症が消えるので、入浴前に肌をチェックするのが楽しみになった。

それだけではない。

私の場合、アトピーと同時に鼻炎と結膜炎を併発を併発していが、便通が良くなるとこの療法が一挙に消滅した。と同時に、ボーッとしていた頭もスッキリ。

この劇的な変化に、改めて「快便」の凄さを思い知った。

「お腹減った!」と空腹を感じてから食べる。たったこれだけのことで、ここまで違うものなのか?

食後は必ずと言っていいほどお腹が動き出した。そしてトイレに入るなりスポーン!お腹の中のモノが全て出尽くした感じ。爽快感そのもの。

何より、私は「元気」になった。

昨年までの私は、夏が怖かった。毎年夏になると立っているより座っていたい。座っているより寝ていたい。そんな感じで、これだけはどうすることもできなかった。

また以前なら「元気だけどアトピーだけが・・・」と思うことがあったが、それは全然違うことにも気付いた。

要するに「アトピー」と「健康」は同居できない。よって「元気だけどアトピーだけが・・・」は成立しないことを知った。

逆に元気なら、健康なら、アトピーには成りたくても成れない。これが真実だと思った。

順番を間違えてはいけない。

アトピーが良くなって健康になるのではなく、健康になるからアトピーが消える。これが自然の理なのだ。

その年の6月。

努力の報われる瞬間がきた。それは会社の慰安旅行でハワイに行った時のこと。

私は、半袖のTシャツに袖を通した。その瞬間、過去のいろんなシーンが脳裏に映し出された。

どす黒く変色した皮膚を隠すため、真夏でも長袖を着続けた日々。痒くて、恥ずかしくて、悔しい。そんな日々の出来事をいちいち思い出した。

恐る恐る、私はホノルルの街をひとりで歩いた。

ショッピングセンターでもビーチでも、誰もが私に対して無関心な様子だった。

このことに、私は歓喜した。

ハワイから帰宅しても、私のアトピーは再発する兆しを見せなかった。

通勤時に痒くなることはなく、会議中、発作的な痒みに襲われることも無かった。

アトピーのない毎日は快適そのものだった。が、このままハッピーエンドで終わる筈がない。

この頃になると、私はもうアトピーと言う病気の本性を見透かしたような気持ちになっていた。

それは以前のような、「最初から期待しない」「どーせ裏切られるのだから」と言ったスタンスではなく、元々アトピーとはそういう類の病気なのだ。

私のアトピーは良くなったり悪くなったりを繰り返しながら、確実に悪化した。

そして今、流れは変わった。

だから今後は、良くなったり悪くなったりを繰り返しながら、確実に良くなる。そして完治に至る。

従ってアトピーとの戦いでは、決して短期決戦型の戦い方をしてはいけない。

恐らく、完治までは3年を要するだろう。だが戦い方さえ間違えずに長期戦を制することができれば、この病気は必ず完治できる。

悪化するタイミングは何時なのか?

「その時」に備え、やるべきことを淡々と繰り返す日々が続いた。

相変わらず、難しいコトやお金の掛かることは全然やらなかった。そして、便通を良くすることだけに注力した。

すると、案の定「その時」はやってきた。