道のり

道のり道のり

アトピー発症から完治まで、その18年間の「道のり」を記しています。

私が自分の恥ずかしい過去も含め、全てをさらけ出した理由はひとつ。

それは「アトピーが治る病気」であることをお伝えしたかったからです。

フィクションとか、そういう類の話ではありません。実名も出てきます。

良ければご一読下さい。

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道のり25 最終章

振り返れば「あれが全ての始まりだった・・・」と思える出来事がある。それは、突然の「母の死」だった。私が中学二年の冬、母が突然、この世を去った。それはクリスマスイブを翌日に控えた朝の出来事だった。数日前から風邪で寝込んでいた母の咳が止まらず...
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道のり24 こんなもんか・・・

「その日」は遂にやってきた。退院してから丸1年が経過した翌年の4月。バーッと顔全体が赤くなった。「やっぱり来たな・・・」予感みたいなものはあった。昨年末から年始の間に会食の席が続き、空腹を感じる前に食べる機会が増えていたからだ。また食事の...
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道のり23 待望のTシャツ

予定通り、私は職場に復帰した。それは新入社員が出社する前日で、およそ二か月ぶりの社会復帰となった。顔の真っ赤な斑点は、跡形なくキレイに消えた。アトピーはその症状が顔に出るか否かで、何もかもが大きく違ってくる。この時、私のアトピーはそうと言...
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道のり22 自宅での療養

ひと月ぶりの自宅。当然、何もかも入院前と同じだった。が、私自身は変わっていた。「何が変わったのか?」それを簡単に説明するのは難しいが、今までとは周りの世界が違って見えた。「これだけは人任せにできない」アトピーの場合、一度良くなった症状が社...
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道のり21 退院

入院中は、時間が有り余っていた。この間、私は病院に置いてある東洋医学関連の本を熱心に読み漁っていたのだが、そこには「なるほど・・・」と思うことが沢山書いてあった。昭和生まれの自分は、西欧文明の価値観にどっぷり浸りながら育った。ディズニーラ...
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道のり20 分岐点はオ〇ラ

「ゴロゴロ、ゴロゴローッ!」突然、お腹が音を立てて動き始めたのは、絶食療法3クール目の途中だった。三日間の「すまし汁」断食を終えて回復食の重湯を食べた後、間もない時だった。お腹が突然鳴り始めたと途端、大きなオナラが連発した。それは今まで経...
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道のり19 絶食療法

絶食療法が始まった。絶食と言えば、修行僧が行う厳しい断食のイメージだが、私のやった絶食療法はそのようなものとは違った。事前に血液検査、尿検査、胸部エックス線、心電図等、一通りの検査を済ませた後、最初の二日間で食事のカロリーを落とし、三日目...
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道のり18 治療方針

入院した日の夕方、主治医と「治療方針」に付いて話す機会が設けられた。「治療方針?」今まで医療機関でそんなもの聞いたことがない。アトピーの治療と言えばステロイドを塗るだけ。で、効かなくなればランクを上げる。これだけ。甲田療法を除けば、これが...
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道のり17 入院治療

1991年2月14日。30歳の私は聖バレンタインデーの朝、京都の高雄病院に入院した。この日、京都の街は吐く息が白くなるほど寒く、小雪が舞っていた。この病院を最初に知ったのは、ある週刊誌の記事だった。そこにはステロイドに依存せず漢方や鍼灸、...
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道のり16 挫折

甲田療法は厳しさにおいて定評のある療法で、いざやってみると次から次へと障壁が立ちはだかった。まず玄米菜食とは365日、来る日も来る日も玄米と野菜だけを食べ続ける訳で、それ以外のものは一切口にしないことを意味する。当然、生易しいものではない...