道のり9 ステロイド内服

帰宅後、遅い夕飯を済ませると早速、処方されたピンクの錠剤を試してみた。

そして入浴後、私はこの薬の効果に驚愕した。それは今までの外用薬とは違い、文字通り「ピタリ!」と痒みが消えていた。痒みだけではない、皮膚の炎症まで見事に消えている。

まさにパーフェクト。

炎症が消えているのだ。一緒に処方された外用薬の出番などまるで無かった。

「全然痒くない!」
「消えた!消えた!消えた!」

私は、ただただ感動していた。そして、父にこのことを伝えた。

「ほんまや・・・」

これには、父も驚きを隠せない様子だった。

何しろ、病院を出たのは数時間前である。しかも夕食後にたった1錠内服しただけで炎症が完全に消えている。私の描く理想の治療とはまさにコレだった。

すると今度は、「今までの治療は何だったんだ?」と言う怒りが沸々と湧いてきた。

今ならこの錠剤がステロイドであることは安易に想像がつく。が、当時の私にそんな知識はない。まして副作用の知識なんて皆無。とにかく、良く効く薬が良い薬だったのだ。

とにかく舞い上がってしまった私だが、さすがに寝る前になって少し冷静さを取り戻した。

そして、あの医師の忠告を思い出した。

「治った訳ではない」
「一時的に症状を抑えているだけ」

その夜は、久しぶりに熟睡できた

1週間が過ぎた。

そして再び堺市の病院に行く日がやってきた。医師と約束した再診の日だ。

しかし、私は病院には行かなかった。勿論、医師の忠告を忘れた訳ではないし、治ったと思った訳でもない。

病院に行く労力を考えると、動けなくなってしまったのだ。

当時、予約制ではない受診システムは、遠方からの患者にとって圧倒的に不利だった。

「事前に診察券を入れておく」なんてことができないため、どんなに早く到着しても、受診時間は夜の8時以降、帰宅すると11時を過ぎる。

必然的に、私は通院の大変さとアトピーの好調さを天秤に掛けていた。

そこで私の出した結論は、「これで様子を観よう」と言う、いつもの聞き慣れたフレーズと同じだった。

いや現実的に観ても、その時の私の状態はそれくらいの完璧さを維持していた。

「もしアトピーが復活すれば、その時はその時だ」

私は、開き直った。

ピンクの錠剤が無くなってから、更に1週間が経過した。

それでもアトピーは再発しなかった。相変わらず痒みはなく、痒みが無いから軟膏も使うことはなかった。

「治った?」

この時は本気でそう思ったのだが、これが錯覚だと気付くのに時間は掛からなかった。

更に1週間後、アトピーは再発した。

ある程度予想はしていたものの、悪夢が現実となると、はやりショックだった。

それでも私は、この錠剤には十分満足していた。

なによりその効果は塗り薬を圧倒していたし、コップ一杯の水さえあれば事足りる。塗り薬よりもはるかに便利だった。

「これなら使い続けてもいい」

私は、勝手に決め込んでいた。

奇策は一度限り


再び病院を訪れたのは結局、最初の受診からひと月が経過した頃だった。

病院に到着すると、そこには前回を上回るほどの患者で溢れ返り、中には見覚えのある顔もあった。

アイフォンなんてない時代。患者同士、互いに視線が合わないよう下を向いたまま、ひたすら順番を待っていた。

「この様子だと今日も遅くなる」

そう思った私は、ここであの裏技を使うことにした。例の「診察なし、薬だけパターン」である。

どうせ患部なんて診ないのだ。あのピンクの錠剤さえ手に入れば問題は解決する。そんな思いだった。

「今日は薬だけでお願いします!」

窓口の女性に対して、私はそれがさも当然の要求であるかのような口調で申し出た。

するとその女性から間髪入れず、こんな返答が返ってきた。

「それはできません」
「受診せず薬だけ処方することはできないのです」

私は、その凛とした姿勢にひるんだ。

そして2時間後、名前が呼ばれて診察室に入った。

当然、「どうしてたの?」と言う話の展開になり、私は正直に事情を説明した後、心から詫びた。

すると医師は「そうか・・・」とだけ言った後は、遠方から通院してきた私と父を労ってくれた。

その後、医師はなぜ1週間後の診察が大切なのか、その理由を丁寧に説明してくれた。

「この薬は症状を一時的に改善する目的でごく短期的に使用するのが原則で、効くからと言って安易に処方するものではないし、また長期的、継続的に使うものでもない」

そんな内容だった。

更に医師は続けた。

「通院が無理ならこの錠剤による治療は今回で打ち切り、外用薬による治療に変更してはどうか?」

もちろん、私に異論はない。

だが結局、この病院にもその後1回行っただけで、それ以降は行かなくなった。

「外用薬だけの治療なら、わざわざ父と一緒に遠方まで通う必要はない」。そう判断したからだ。