道のり11 最後の晩餐?

仕事をしていると、どうしても避けられない「お付き合い」があった。

今では考えられないが、当時はバブル期。得意先との会合や接待がやたら多い時代だった。

接待と言ってもゴルフをして、食事をして、カラオケで歌うだけなのだが、何事においても馬鹿正直な私は「これも仕事!」と、訳の分からない気合いを入れて全力投球していた。

一方、社内でも会食の場はやたらと多かった。

新年会、新入社員歓迎会、花見、慰安旅行、展示会の打上げ、送別会、重役との定例会、忘年会。

あれは、私が27歳の時だった。

その年を締めくくる年末恒例の忘年会がやってきた。それは山陰地方を巡る温泉付きグルメツアーで、初日がカニのフルコース、翌日は但馬牛のステーキと、社内行事の中で最も盛大なイベントだった。

この頃、私のアトピーは絶不調。

必然的に頭の中は、アトピーのことばかりが占めるようになっていた。そしてこの頃から、私は薄々ながら食事のアトピーに与える影響を体験的に感じ(気付き)始めていた。

パニック的な激しい痒みに襲われたのは、その旅行から帰った日の夜だった。

それはこれまで体験したことのない発作的な的なもので、その激しさは全身に鳥肌が立つほどだった。

「アカン!我慢できん!」

妻は救急車を呼ぼうとした。が、私にはその時間さえ待てなかった。

結局、妻の運転する車で夜間の緊急医療センターに駆け込んだ。移動中、真冬にも拘わらず、全身から脂汗が流れていた。

到着後、当直の医師に事情を説明。その場で注射が打たれた。

その直後、医師はその場を看護師に任せると、次々と運び込まれる急患の対応にその場を立ち去った。

ところが、

痒みは、全く消えなかった。

多分、この時の注射は歯科で使う麻酔の全身版ようなものだったと思う。

案の定、数分もすると全身の皮膚がブヨブヨした。実際、叩いてみても感覚は無かった。が、その瞬間、私は「違う!」と直感した。

皮膚の表面を麻痺させても、この痒みは消えないからだ。

事実、その後も痒みは消えなかった。

ようやく小康状態に入ったのは深夜。妻と私はもう精魂尽き果てた。

翌朝、鏡に映った自分の顔を見て、私は言葉を失った。

「これがオレか・・・」

そこには、変わり果てた自分の顔があった。

それまでどんなに痒くても、顔だけは無事だった。が、今回は違う。

掻き壊した額は一夜にして眉毛が薄くなり、多くの傷跡が生々しく残っていた。

「無理や・・・」

入社以来、会社を休んだのはこの時が初めてだった。

動けない状態ではない。仕事も普通に出来るとは思った。が、この時は変わり果てた自分の姿に、身体より心の方が先に折れてしまった。

結局、この日から3日間、私は会社を休んだ。