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道のり15 甲田先生のこと

甲田先生の本は衝撃的だった。初めて読んだときの高揚感は、今でもはっきりと憶えている。今までのモヤモヤがスッキリ解消された気分になり、「これなら治る!」と救われたような気持ちになった。その後、自己流ながら「甲田療法」に取組んだ。だが、やれば...
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道のり14 光明

1980年代、アトピーの情報はテレビや雑誌、書籍が中心だったが、情報そのものが不足している上、患者にとって実際に「使える情報」は皆無だった。アトピー関連の書物は、大きく分けて3つのパターンがあった。ひとつは、皮膚科医の書いた本。これはアト...
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道のり13 民間療法まっしぐら

あの頃の私には、「生活習慣を見直すことでアトピーを治す」と言う発想が無かった。そしてこの頃になると、さすがに「何かが間違っている・・・」と薄々感じ始めていた。が、その「何か」が分からない。その「何か」を求めて、私は「アトピーに効く!」と言...
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道のり12 遂に顔

本格的に症状が顔に出始めたのは1989年、28歳の頃だった。最初は眉の周辺、それが額に広がった後は一機に顔全体が痒くなった。顔は体と比べても悪化するペースが極端に早かった。接着剤を塗られたように、顔一面の皮膚がバリバリに突っ張った。夏は真...
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道のり11 最後の晩餐?

仕事をしていると、どうしても避けられない「お付き合い」があった。今では考えられないが、当時はバブル期。得意先との会合や接待がやたら多い時代だった。接待と言ってもゴルフをして、食事をして、カラオケで歌うだけなのだが、何事においても馬鹿正直な...
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道のり10 バブルとアトピー

1985年 私は社会人になった。この年、ディスコ・マハラジャが大流行。そして翌年、日本経済は昨年までの不況が一転。V字の回復を遂げる。いわゆる「バブル景気」の到来だった。営業職としてスタートした私は、先輩と一緒に顧客を訪問する日々。それは...
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道のり9 ステロイド内服

帰宅後、遅い夕飯を済ませると早速、処方されたピンクの錠剤を試してみた。そして入浴後、私はこの薬の効果に驚愕した。それは今までの外用薬とは違い、文字通り「ピタリ!」と痒みが消えていた。痒みだけではない、皮膚の炎症まで見事に消えている。まさに...
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道のり8 ピンクの錠剤

始めてステロイドを内服したのは、大学2年の時だった。この頃になるとアトピーは全身に広がり、無事なのは顔だけとなった。昼間は比較的穏やかな慢性的痒み、夜になると発作的な激しい痒みに襲われる日々が続いた。そんなある日、親戚のおばさんから連絡が...
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道のり7 「不治の病」宣言?

大学入学を機に、大阪市内にある総合病院の皮膚科へ通院することになった。その背景にはアトピーが全然良くならないことへの不満は勿論、何も聞けない雰囲気満載の地元皮膚科に対して、もうウンザリしていたことが大きい。いい機会である。「ズバリ。どうす...
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道のり6 診察なし 薬だけパターン成立!

その後、私のアトピーは良くなったり悪くなったりを繰り返し、ゆっくり、確実に悪化した。それは何かをすると良くなり、何かすると悪くなる。と言った因果関係とは違うように思えた。「治った!?」と思ったことは何度かあった。軟膏を塗らなくても、普通に...