道のり25 最終章

振り返れば「あれが全ての始まりだった・・・」と思える出来事がある。

それは、突然の「母の死」だった。

私が中学二年の冬、母が突然、この世を去った。それはクリスマスイブを翌日に控えた朝の出来事だった。数日前から風邪で寝込んでいた母の咳が止まらず、病院に行こうとしていた矢先のことだった。

死因は、喀血による窒息死。

一瞬の出来事だった。
口から鮮血を吐いて倒れている母、最初に気付いたのは私だった。

父は既に家を出た後。
救急車を呼んで救急隊が到着した時、母の瞳孔は開いたまま。既に心肺は停止していた。

享年44歳。
クリスマスイブが通夜になり、クリスマスが葬儀の日となった。

「夢だろ・・・」

あまりに突然さに、私は現実を受け入れることができなかった。そして時間が経つにつれ、母に対して何もしてあげられなかっ自責の念と、後悔に苛まれる日々が続いた。

私は、まるで抜け殻のような人間になった。と同時に生活全般が激変した。

突然、母を亡くした男子中学生の食生活を想像してみて欲しい。

自炊? しない。
栄養のバランス? 考えない。
1日30品目? 全く関係ない。

そんな調子だった。中にはちゃんとする男子もいるのだろうが、私はダメだった。

それまで食事なんて作ったこと無かいのだ。とにかく、手っ取り早くお腹が一杯になればそれで良かった。

当時はまだコンビニが無かったので、食事の選択肢は自ずと限られた。

食事と言えば駅前の中華料理店の酢豚定食か焼肉定食。野菜炒め定食は食べた記憶がない。

また当時は世間でレトルト&インスタント食品が出回り始めた頃で、カップヌードルを歩きながらフォークで食べる姿がカッコいい時代。

単にお腹を一杯にするだけなら、苦労は無かった。

父はごく普通のサラリーマン。当然、息子の弁当や夕食を作るような時間帯には帰宅できない。

それでも時折、スーパーで総菜を買ってきてくれたが、私がそれを口にした記憶はあまりない。

とにかく、健康のことなんてまるで考えない。当時の食費は1日千円だが、これだと結構好きなものを食べてもまだ残る。そのお金でスナック菓子やチョコレートを買って食べていた。

思い返せば体調が悪くなり始めたのもこの頃だが、当時の私はこの異変に全く気付けなかった。